2018年7月5日

まるっとくんだよりvol.5 巻頭コラム

 

私は家具や建具等を作る職人達が働く木工場の運搬の仕事に配属になりました。それからの私は母の言う”人の倍働いて成功しない人はいない”の言葉を胸に秘め平均睡眠時間4時間、又、休日もほとんど休まず率先して喜んで働きました。当時の給料は3万4千円でしたが休日や残業(150時間以上)の手当が欲しい為、自ら上司に頼んで働き1年半で50万円を貯め自分達兄妹が実家と呼べる家に帰れる。そして母のめんどうを長兄にみてもらえる家が欲しくて当時400万円の家を買う頭金にしてくれ、と長兄に渡しました。

1年目は、このお金を貯めることが目的でした。私の仕事の内容は工場から建築現場に資材等を運ぶ仕事でした。トラックに山積みした資材を竹中・清水・大成・鹿島・東急・戸田等の大手ゼネコンの新築現場に運ぶ。ほとんどが高層ビル、日中なら許可を貰ってリフトやエレベーターで上げるのですが、夜は許可を貰えないので各業者や職人が帰った後、担いで階段を昇り各階の各室に配置する。終わって工場に戻るのは夜中1時、2時、風呂に入るのに下着をまともに脱げない。右の肩も左の肩も荷あげ資材を担ぐ為に擦りむいたように血と汗で下着が染み付いているヒリヒリとしみる両肩を手とタオルで押さえながら風呂水につけるようにして暫くしてから静かに下着を傷口からはがすようにして脱ぐ・・・2年間このような全く同じ事の繰り返しの仕事でした。

続く

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