2018年10月15日

まるっとくんだよりvol.16 巻頭コラム

その後、この現場完成後も坂井さん(35才)は21才の私に普段は「菅原君」と呼びますが、仕事中は「菅原さん」と呼んでくれます。私は一人の良き仲間に出会いました。その後、私は山形県米沢市に大型パチンコ店新装工事の為、一人で3ヶ月程、出張で行きました。ここでも苦い体験をしました。現場での必要な経費が会社からは“とりあえず立て替えておいてくれ!!”とのことで、自分のサイフから立て替えていたのでしたが底をついた事と、明日中に現地の職人達に支払う約束のお金が会社から入っていなかったので、経理部長に電話で、そのお金と私の立て替え分と先月分の給料の催促をしたところ、今はそれどころではなく、明日の手形決済の資金繰りも出来ていない事を知り、私は思わず、「いくら足りないのですか?」・・・「いくらでもいい、菅原さん、そちらの施主の社長に頼んでもらえないか?」~と、経理部長の声がかすんで、悲痛な願いでした。私はその夜、オーナー社長の家に行きました。それまで何度か呼んで頂いて、御馳走になったりしていたのでしたが、流石に足は重く、何度も玄関先で足踏みをしましたが、社長ご夫妻は歓迎してくれました。私は思い切って口を切りました。「実は私の手落ちで、今日、現地の職人に支払いする金額を会社に話したところ、急なことで、社長と専務は大事な契約で印鑑を持って神奈川の座間に出張しているので手配ならず、又、明日は土曜日で銀行が午前中なので、会社の経理部長に相談して、迷いに迷って来ました~!!」と教えられた通り言ったら、社長は「~で、いくらかな?」、「私は「270万円です」と言ったとたん、私の心臓が「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ」、相手に聞こえるほど鳴り響き、爆発する寸前であった。

続く

 

 

pageTop