2019年1月22日

まるっとくんだよりvol.19 巻頭コラム

 

―新年あけましておめでとうございます―

本年もサンハウス“まるっとくんだより”を宜しくお願い申し上げます。

 

会社倒産にて、私達社員は職業安定所に行ったが、私は就職する気分にはなれなかった。自分のやりたい職種と憧れる会社とが一致しなかったのです。そんな時、私のアパートを訪ねて来る人がいた。それは協力業者(工務店)の社長さんで、私が大の苦手とする方でした。何故なら私は現場では自分の思う仕上りでないと、やり直しをさせ、見積や金額も交渉するたびに、この社長に嫌われていたのでした。いや、私は全業者に嫌われていたと思います。前職上司に常に“業者に好かれたいと思うな!!仕上りのレベルとスピードを上げろ!!無駄を無くしてコストを下げろ!!作品と自慢できる仕事をしろ!!”と叩き込まれた来た私は妥協できない人間になっていた。その為、「生意気な奴だな!!」と言われていたのですが、この日は「菅原君の仕事ぶりを見込んで、是非ウチに来てくれ!!給料も弾む!!近い将来は部長にする!!」と説得されたが、この会社の担当社員や職人達の仕事に対する考え方や想いが、自分とは合わないことを知っていた。その後も意外にも私を嫌っていた業者の方々数社から誘いがあったが、決断できなかった。それは夢が湧いて来ないからでした。新書太閤記の本の中に日吉(秀吉)16才の時、何度も職を失って叔父の弾正清忠から言われたこと、「飯のために飯に使われて、あくせくせんこと、天職のために生涯する。飯はついて来る。―頼むから、貴様ぁ、飯を追って一生ウロウロ送るような人間になってくれるなよ」

この一説が私の頭から離れなかった。

続く

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