2019年2月10日

まるっとくんだよりvol.20 巻頭コラム

 

 

私は、次の進路就職で不安と迷いの中で半月程過ぎたある日、上司の鈴木部長から電話が入った。会って話したいというので、市内の喫茶店に行ったら、佐々木専務も私を待っていたのでした。開口一番、「我々は役員なので倒産後のあと始末に半年程かかるが、これが済んだら新会社を設立するので、是非、菅原君の力が必要だ!!それまで、何処にも就職しないで待っていてくれないか?」この瞬間、「宜しくお願いします。頑張ります!!」急に道が開けたのでした。半月ぶりの温かい再会でありました。話は盛り上がり、鈴木部長が「佐々木・鈴木・菅原の頭文字Sを取って、3人のSでサンエスと名付けてはどうか!!」その後、鈴木部長がこの話を一関の内装材卸問屋、平富株式会社社長に話したところ、社長から思いもよらぬ会社ショールーム改装工事を依頼され、初仕事になりました。しかし、未だ新会社を設立できないので、私が請負主になったのでした。この話を聞きつけ、会社で一番の腕の良い大工、坂井敏美さんと入社1年目の後輩、前田正範君が一緒に仕事をしたい、と言って来ました。私達は新会社が出来るまで、何が何でも仕事を見つけ、喰いつないで行くことを誓い合ったのでした。そして、とりあえず、作業場が欲しい!!母の弟、叔父の大工・村上忠治さんに相談したところ、叔父はすぐ「それなら、俺の家の車庫(6坪)を使えばいい!!」と言ってくれ、半年程なら、と甘えました。又、木材を加工する木工機械と工具が欲しい!!しかし、お金が無い!!・・・会社倒産後も何故か私を案じてくれる松永金物長男・松永通明さんに相談したところ、21才の無職の私では、本来とても無理なことでしたが、クレジットを通してくれました。後で知ったのですが、松永さん自身が保証人になってくれていたのでした。しかも、お父さん(社長)の猛反対を受けながら・・・。私を心から応援してくれたのでした。以来、彼を心から尊敬する人として付き合うようになたのでした。

続く

 

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