2019年3月17日

まるっとくんだよりvol.21 巻頭コラム

 

しかし、松永さんのように皆々そのように協力してくれる人ばかりではありません。寿工芸倒産で売掛金や手形不渡りのお金を回収できない、言わば引っ掛かった債権者のところに、取引きをお願いに行き「どこの馬の骨か判らん若僧とは取引きはできない!!現金持って代引きなら売ってやる!!」と強い口調で言われるたびに松永さんは私を励まし、「大丈夫、大丈夫、別の所を紹介してあげる!!」と、どんな時でもポジティブでした。彼は熱帯魚が趣味で、私のところにエンゼルフィッシュを数十匹持って来て、落ち込んだ時は菅原さん癒されるから・・・と私を気遣ってくれました。人はタイプというものがあるようですが、私はどうも落ち込むたびに人の愛情に恵まれるタイプの人間のような気がします。平富ショールームの工事も終え、次の工事に巡り会えず苦しんでいるところ、私が水沢に来て、最初に面接に行った㈱タシロから、木工什器製作依頼がありました。あとで知ったのですが、これも松永さんのお得意先で、私のことを頼んでくれたお陰でした。私たちは三人ですが、職人として通用するのは坂井さん一人だけ。私と前田君は素人なので、技術を要する物は坂井さんしか出来ないので、簡単な物が多かったが、簡単な物はお金になりません。従って、数でカバーです。毎日夜0時、1時まで頑張りました。そして、半年が過ぎたある日、鈴木部長からの電話で、喫茶店で会いました。私はとうとう会社設立の時が来た!と思い、心を躍らせて行きました。坂井さんと前田君には、二人が会社を作ってくれるまでは、この給料(会社の時の半分)で我慢してくれ!!と頼み込んで、やっと来た。ようやくその日が来る、と思うと、心がワクワクして来るのでした。

続く

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